Cs137 555kBq/m2は、『5mSv/年』ではなく、『13.3mSv/年』

今回の低線量被曝の分科会で、

一方、木村真三獨協医科大准教授は、旧ソ連の隣国、ウクライナチェルノブイリ立ち入り禁止区域管理庁長官の主張を参考に、避難の基準値を年間5ミリシーベルトにすることを提案。この提案に対して、長滝重信長崎大名誉教授らが「科学的根拠を示してほしい」とただした。

*1
ウクライナの基準値を参考に5mSv/年とすることを木村さんが主張されていますが、上記のように、ウクライナの基準は『Cs137で555kBq/m2以上(とSr90やPu)』です。この地域が5mSv/年であることは正しいのですが、以前の計算のとおり

セシウム137の係数効率は
2.75 x 10E-3 (nGy/h)/(Bq/m2)

なので、
2.75 x 10E-3 x 555 x 10E3 = 1.53 µGy/h
ですから、
1.53 x 24 (h) x 365 (day) = 13.4 mGy/年
となります。

Cs137は、βγ崩壊しかしないので、
13.4 mGy/年 = 13.4 mSv/年

従って、『ウクライナの基準が5mSv/年以上』というのは誤解を招く表現で、以上は以上でも2倍以上です。

さらに、これはCs137の分だけを計算しているのであって、現在の線量のことではありません。今の福島の現状(半減期2年のCs134が半分)を考えると、2年で6割、10年で2割になりますから、『それでも残っている線量』のことになります。

しかも、上記のように、『セシウム137が555kBq/m2』の部分はたいていストロンチウム90と、プルトニウム239+240が飛散しているとなると、そのリスクはさらに高くなりますが、どれだけ高くなるのか判断するのは非常に難しい。*2

だから、『いわゆるウクライナの基準5mSv/年』をくれぐれも『今の福島の5mSv/年』と混同しないようにして下さい。

*1:記事引用中、『長滝』は正しくは『長瀧』。朝日の記事が誤り。

*2:ただし、ストロンチウム90も、プルトニウムもそれぞれβ崩壊とα崩壊しかしないので、外部被曝の線量としては大したことはありません。これらが問題になるのは、内部被ばくの方。

ツイッターや、普通の日本語では、定性的な言い方をよくします。

『あの人は背が高い』『あの人は美人だ』
『美人』は感性の問題なので、見た人が美人と思えば『美人』なのですが、『背が高い』はちょっと違います。
人間の身長は測れるので、数値で表す事ができます。その場合、『あの人は背が高い』というのは、『(例えば、平均的な身長と比べて)背が高い』という意味で、何かと比べなくては意味をなしません。

ここでは、主にプルトニウムの飛散の程度を考えるので、以下の三つを示します。

  1. チェルノブイリに比べて今回の事故でおきたプルトニウムの飛散は桁違いに少ない。
  2. 今回の事故でおきたプルトニウムの飛散は、1964年をピークとする大気圏内核実験ですでに全地球的に飛散しているプルトニウムを大きく越える物はない。
  3. プルトニウムはそもそも、ストロンチウムセシウムと比べても飛散しない。

長期的に問題になる核種は、セシウム137、ストロンチウム90、プルトニウム239、240です。私には、チェルノブイリの例から、飛散の規模は、セシウム>ストロンチウム>>プルトニウムであることは分かっていました(後述)。事故直後に福島第一原発敷地内で測定されたプルトニウムが数Bq程度であったことを考え合わせると、今回の事故で飛散したプルトニウムは無視できるだろうという予測はたっていました。もう、すでにプルトニウム、ストロンチウムの土壌での実測がされていますから、それをチェルノブイリと比較します。

まずは、チェルノブイリでプルトニウムがどう飛散したのか。


出典 IAEA pub 1239 Fig 3.9 色づけされたところは、3.7kBq = 3700 Bq/m2以上のところ。

チェルノブイリでは、原子炉の蓋が爆発で吹き飛ばされて、しかも黒鉛の炎上火災を10日ほどおこしたので、プルトニウムは盛大に飛散しています。図に加えた30kmの円が、チェルノブイリ排除区域(Chernobyl Exclusion Zone = CEZ) にあたりますが、そのほぼ半分くらいの地域は3.7kBq/m2以上のプルトニウム239+240の汚染地域となっています。プルトニウム半減期は長いので、この地域は、今回の文明では忘れる事になります。

ここで、注意してもらいたいのは、チェルノブイリから同心円状に汚染されているのではないこと。チェルノブイリ自体はウクライナにありますが、ウクライナの北の端で、ベラルーシウクライナの国境が接するところにあります。地図をみると、汚染地域の半分くらいはベラルーシであることが分かります。そして、汚染の中心は、チェルノブイリではなくて、その近くの町、プリピアットです。住民が強制移住させられて、いまだに死の町になっているところです。

さらに、ウクライナ領内の細かい地図をみると、

出典 IAEA pub 1239 Fig 7.4d (単位はkBq/m2)
そのプリピアットの近傍は、普通に20kBq/m2 (=2万Bq/m2)を越えていて、一番ひどい所は、1MBq/m2 (= 1000 kBq/m2 = 100万Bq/m2)を越えていることが分かります。地図の濃い青のところは、貯水池です。この地図では、先ほどの排除地域 (CEZ)が分かりにくいので、矢印で、その線を示しています。

これを今回の事故の結果と比べます。


出典:文部科学省による、プルトニウム、ストロンチウムの 核種分析の結果について 2011年9月30日
(単位 Pu 239+240 Bq/m2)

めぼしい所は、分かりやすいようにプルトニウム239+240のところを赤字で書いています。測定された物のうち、一番高い所で15Bq/m2、ほとんどは5ベクレル以下であることが分かります。これを最初に挙げたチェルノブイリの汚染地図と比べると、そもそも100分の1から1000分の1になるので、

福島での汚染はチェルノブイリより桁違い(2−3桁)低く、汚染地域を同じ基準で色を塗ると、塗る所がない

ことが分かります。これが私の説明したかった第一点。

今回の事故での飛散の量は少ない。

さらに、このプルトニウムですが、事故前に様々な地域で土壌中のプルトニウムが測定されています。

出典:文部科学省による、プルトニウム、ストロンチウムの 核種分析の結果について 2011年9月30日
まず、これをみると、プルトニウム238の値は低く、人間に対する危険としてはプルトニウム239+240だけに注目すれば良いことがわかります。また、プルトニウム239+240は0-250Bq/m2程度に分布し、平均値は17.8Bq/m2であることが分かります。つまり、

福島でのプルトニウム飛散は、事故前に確認されていた平均的な地球規模のプルトニウムの飛散よりも低い。だから、今回のプルトニウムの飛散で、人間の健康に影響はない。

これが私の説明したかったことの2番目です。

3番目の点、ストロンチウムとセシウムとの比較をします。

チェルノブイリでは、原子炉近傍に非常に高い汚染が見られます。

出典 IAEA pub 1239 Fig 3.8 Sr90の飛散状況。単位はkBq/m2
これをみると、先ほどから述べている、チェルノブイリ排除区域(30km)は大部分のところが111kBq/m2を越えて、さらにはみ出しているところもあることが分かります。それを今回の事故と比べると、


出典:文部科学省による、プルトニウム、ストロンチウムの 核種分析の結果について 2011年9月30日
ストロンチウム90、単位 kBq/m2

30km の領域と、めぼしいところの値を赤字で書いていますが、一番高いものでも、5.7 kBq/m2です。従って、

今回の事故でのストロンチウム90の汚染は、チェルノブイリより20−100分の1程度で、これを先ほどのチェルノブイリと同じ塗り方をすると塗る所がない。

ことが分かります。また、プルトニウムの飛散と、ストロンチウムの飛散をベクレル単位で比べると、

  1. チェルノブイリでは、30km圏は、ストロンチウム90が111kBq/m2、プルトニウムは3.7kBq/m2で、ストロンチウムの方が約30倍高い値を示す。
  2. 今回の事故では、30km圏内は、ストロンチウム90が一桁kBq/m2、プルトニウムは一桁から15Bq/m2で、ストロンチウムの方が100から1000倍高い値を示す。

飛散の規模としては、ストロンチウムや、特にプルトニウムは、今回の事故はチェルノブイリの数十から1000分の1程度、です。

次に、セシウムの飛散状況を比べます。


出典 IAEA pub 1239 Fig 3.6 Cs137の飛散状況、単位は kBq/m2
30kmのチェルノブイリ排除区域、キエフ、ナロブリヤ、ナロジチ、ゴメル、チェルノブイリ、プリピアットを示し、高度汚染地域の数値を示す。赤が1480−3700kBq/m2、濃いオレンジが555-1480kBq/m2、薄いオレンジが185−555kBq/m2、緑が37−185kBq/m2です。

これをみると、セシウム137の1.5MBq/m2以上の非常に汚染された領域は、30km圏のCEZだけでなく、飛び離れたゴメルの方にもあり、程度は低いがロシアの方も汚染の飛び地があることがわかります。さらに、もっと広域をみると、

出典 IAEA pub 1239 Fig 3.5 Cs137の飛散状況、単位は kBq/m2
ノールウェイ、スェーデン、フィンランドオーストリアに、40-185kBq/m2の汚染地域があることが分かります。これらの地域は、チェルノブイリから500−1000キロ離れています。この飛散状況を、今回の事故と比べます。

出典:文部科学省による放射線量等分布マップ(放射性セシウムの土壌濃度マップ)の作成結果を踏まえた航空機モニタリング結果(土壌濃度マップ)の改訂について 2011年8月30日 マップは7月2日基準
そうすると、先ほどの1.5MBq/m2相当の部分は、飯舘村付近をのぞき、ほぼ30kmにおさまり、遠隔地のオーストリアなどの比較的高いところは、福島の中通り相当であることが分かります。(少し数値の幅の取り方が違うので、正確には言えませんが、だいたいそんなところ)ベクレル単位で比較すると、30kmのところで、

セシウム137  60kBq/m2-1000kBq/m2 程度(方向による)
ストロンチウム90  一桁 kBq/m2
プルトニウム239+240  一桁〜15 Bq/m2


セシウム137と比べて圧倒的にストロンチウム、特にプルトニウムは飛ばない
ことが分かります。これが私の説明したかった3点目です。

つけたし。

今中先生のところにある、ウクライナの避難基準の話ですが、

第1ステージ(強制・義務的移住の実施):セシウム137の土壌汚染レベルが 555kBq/m2以上,ストロンチウム90が111kBq/m2以上,またはプルトニウムが3.7kBq/m2以上の地域.住民の被曝量は年間5ミリシーベルトを越えると想定され,健康にとって危険である.

出典:『ウクライナでの事故への法的取り組み』(オレグ・ナスビット, *今中哲二、ウクライナ科学アカデミー・水圏生物学研究所(ウクライナ)、*京都大学原子炉実験所)

とあります。これを前に挙げたチェルノブイリでの汚染図と比較すると、
ストロンチウム90が111kBq/m2になるところは、チェルノブイリ排除地域(CEZ)とだいたい一致し、このうち半分くらいはプルトニウムがばらまかれている地域である
ことが分かります。これだと『5mSv/年』云々以前に、安全であるとは言い難い。逆に福島の中通りでは、圧倒的にストロンチウムプルトニウムは少ないので(プルトニウムは無視して良い量)、同じ5mSv/年でも、中身が全然違うということになります。