イギリスの内部被曝調査委員会がクリス=バズビーをどう批判したのか
CERRIE=Committee Examining Radiation Risks of Internal Emitters=内部被曝調査委員会、はその名もズバリ、内部被曝の影響を最新のデータで持って議論し、共通見解を出そうというイギリスの野心的な試みです。これが野心的であるというのは、委員の構成を見ても分かります。いわゆる学者だけでなく、原子力業界の人もいれば、クリス=バズビー(グリーン=オーディット所属)や、リチャード=ブラムホール(LLRC所属)など運動家も入っています。この、CERRIEの内容は、今日本で出てきているあらゆる説がほとんどすべて討論されていて、非常に網羅的なものとなっています。この会議は2001年から2004年まで行われ、報告書も、会議の記録も、CERRIEのホームページ http://www.cerrie.org で公開されています。CERRIEの立場は、合意できる所は合意する、合意できない所は両論併記する、という方針であったにも関わらず、この委員会に出ていた運動家二人、クリス=バズビーとリチャード=ブラムホールは、委員会と共同の報告書を作ることを拒否し、独自の少数意見の報告書を作るという結果になりました。
今週は爆笑亭バズビー師匠祭りだということなので、金曜日の自由報道協会での会見の前に、どういうことが話し合われていたのかを示しておきたいと思ったので、急遽原稿を変更して、バズビー師匠のいう、『内部被曝は300倍』という魔法の数字がどこから出てきたのかを見ておきましょう。ここでのバズビー関係では、Second Event Theory=二事象理論と、疫学データが主なものとなります。疫学データの話は、以前に私が書いたものと(題材は違うのですが)大同小異なので、今回は、このCERRIEの最終報告にある、Second Event Theory(=二事象理論)の分に焦点をあてます。
CERRIEの最終報告、p50-51
http://www.cerrie.org/pdfs/cerrie_report_e-book.pdf
3.8章 二事象理論*1
27 バズビー博士によって提案された二事象理論(The second event theory=SET)は、二つの放射線(電子もしくはα粒子)による細胞内での、ある特定の時間枠内のヒットが、変異原性を非常に高め、おそらく癌のリスクも高めるというものである(バズビー、1995;バズビーら、1998;バズビーとスコット=ケイトー、2000)。この仮説によると、ある特定の連続的に崩壊する放射性核種(ストロンチウム90と、その娘核種イットリウム90)や、プルトニウム粒子などによる発癌リスクは非常に過小評価されていることになる。*2
これが、クリス=バズビーがストロンチウムとウランやプルトニウムにこだわる理由です。セシウム137も、カリウム40も同じようにβ崩壊してからγ崩壊するような気がしますが、そっちはよいのでしょうか?先をみてみましょう。
28 バズビー博士によると、この理論の生物学的根拠は、最初の放射線によるヒット(例えば、ストロンチウム90の最初のβ崩壊によるもの)が、細胞周期のG0期にある分裂停止期の細胞を活性化させ、バズビー博士によるところの『修復複製期』に進める。何時間か後にG2期(G2期は放射線感受性が100倍以上であると仮定されている)にあるこの細胞に対する二つ目のヒット(例えば、娘核種イットリウム90による次のβ崩壊による)によって、この理論でいう放射線感受性が非常に増大する。SETの他の主張や、当委員会のSETに対する詳細な調査は、後述の付録3Aにある。*3
細胞周期は静止期はG0であり、細胞周期に入るとG1→S⇨G2⇨M⇨G1(ここで停止するならG0)と回ります。従って、最初のヒットで細胞が細胞周期に入り、G2の時にヒットするから、二事象理論というわけです。この説では、同じ線源から、同じ細胞にヒットしないといけない。ここで二つ目のヒットが、細胞透過性の高いγ崩壊だと、二つ目のヒットが同じ細胞に当たる率が下がる。従って、二回目の崩壊も飛距離の短い荷電粒子でなくてはならない。つまりこの理論は、連続してβ崩壊(もしくはα崩壊との組み合わせ)する核種であることを仮定しているから、β崩壊した後にγ崩壊するセシウム137や、ヨウ素131、カリウム40は関係がないわけですね。これで、セシウム137やヨウ素131にバズビー師匠が冷たい理由が分かってきました。なんだか、原発事故で出てくる主要核種は危険じゃないという、面白いことになってきました。だからテルル132−ヨウ素132にこだわるわけです。劣化ウランも結局、この論理だったわけですね。
29 バズビー博士は標準的な生物学的記述は、細胞が最初の放射線によるヒットで細胞周期を進められ、2つめの放射線によるヒットに対しての放射線感受性が著しく上がるということを支持しているという。当委員会は、この記述なるものの参考文献を求めたところ、委員会に一つ提出された(ホール、2000、ページ300)。何人かの委員は、この主張は、低線量放射線に関する研究文献の大半と矛盾すると述べた。*4
要するに、主張の根拠となるものが、他の研究と合っていないと指摘されたわけです。法律家の人たちがいう『独自の主張であって根拠がない』というやつです。
30 当委員会は、静止期(G0/G1期)にある細胞を低線量で照射すると、細胞周期に入って周期が進む証拠は、現在の研究結果ではほとんどない、と述べている多数の報告を調査した(ダンカンとローレンス、1991;ガドボアら、1996;リンケら、1997;サヴェルら、2001)。話は逆であって、細胞周期のチェックポイントによって、細胞がDNA損傷を修復する間は細胞周期が進むのを抑止するという証拠がたくさんある。従って、当委員会の委員達(二人を除く)は細胞周期に関する現在の情報やデータから、一般的にいって、細胞周期が低線量の放射線で刺激され進むという見解を支持しないと考えた。逆に、細胞周期のチェックポイントが活性化される方がおこりやすく、高線量であれば細胞アポトーシス(細胞の自殺)や他の経路による細胞死がおこるだろう。*5
この『二人をのぞく』とあるのは、笑う所で、原文では『apart from two』つまり、どの二人とは書いていないのです。もちろん、バズビーとブラムホールです。100万円くらいならかけてもよい。要するに、Second Event Theoryの入り口がなっていない、最初のヒットでは細胞周期は進まない、逆に止まるはずだ、と反撃されてしまいました。これ、実は、最初のヒットで細胞周期が進まなければ、もちろん、細胞は増えないわけで、死んだりなぞすれば、癌化もしないわけですので、困ったことになりました。
31 同様に、現在までの研究では、G2/M期が常に非常に大きい放射線感受性をもつという証拠は全くない(アルーアッカーら、1998;アガモハマディとサヴィジ、1992;パッツァリアら、1996)。従って、当委員会の同じ多数派は、細胞周期のG2期での変異に関する放射線感受性が、高くなっても通常10倍オーダー以下だろうと考えた(例えば、アルーアッカーら、1998;レッドパスとスン、1990;チュアンとリバー、1996;エヴァンスら、1996)。*6
段々、委員会も遠慮がなくなってきました。また同じ二人を除く残り全員の意見では、二つ目のヒットにあたるG2/M期が感受性がむちゃくちゃに高いなどという話はない、と言ってきました。これで、出口側も否定されてしまいました。
32 当委員会は独立の専門家に依頼して、二事象理論に応じた癌に関連する結果を支持する、実験的(やその他の)根拠(特に過去の動物実験で意図せず二事象の基準を満たしているようなもの)があるのかどうかを、論文調査してもらった。レビューを書いた専門家は、圧倒的多数の証拠は、二事象理論で言っているような放射線感受性の増加を示していないと結論づけた。1960年代に予想外の効果がみられる実験が2、3あるが、研究条件の設定が不十分なため、二事象課程からおきたかどうかは反論の余地がある。このレビューに関しての詳細な議論は付録3Aを参照のこと。*7
ここで、委員会は別の手に出てきます。細胞での理屈でそんなことを言っているが、動物実験でそんな結果があるのか?という訳です。ここは当然ながら紛糾するわけですから、独立の第三者に論文検索をしてもらったわけです。その結果は、大多数の論文ではそんな効果はない、2、3昔の論文でそれっぽいのがあるが、間違いである可能性がある、と言っている訳です。
33 二人の委員がこのレビューの内容に反対し、その結論に同意しなかった。SETを支持する根拠として、彼らはルニグら(1963a、1963b)フローレン(1970)、ニルソンら(1980)、ポール=ルーリングら(1978、1990、1991)の研究のなかから、予想外の効果に関するデータを引用してきた。一方で、残りの委員達は、依頼したレビューの結論を支持した。彼らは、低線量のストロンチウム90/イットリウム90による癌リスクの増加を否定するデータを追加で出してきた。これらのデータには、いくつかの効果で閾値があることを示唆するものまであった。委員らは、フローレンが後に行った研究(1970)では、ルニングら(1963a、1963b)の先行研究を確認していない事を指摘し、ルニングら(1976)の後の研究ではフローレン(1970)の研究を、この分野の権威のある文献として引用していることを指摘した。*8
要するに、論文を投げ合う泥仕合となった訳です。もちろん、『二人の委員』が誰かは分かりますね。
34 現在までの研究では、バズビー博士が提唱する二事象理論に対する根拠は全くないというのが、当委員会の見解である(二人の委員をのぞく)。逆に、現在までの証拠は本質的に二事象理論と矛盾している。当委員会がこの結論に達した理由は以下の通りである。*9
a SETの基本前提条件が生物学的にありそうにないこと;b 提案者によるSETのリビューの根拠が薄弱なこと;c SETを支持する根拠として引用された研究が弱いこと; d 委員会が依頼した独立のレビューではSETを支持する根拠が見当たらないこと(付録3Aを参照のこと)
*10
段々、口調がとげとげしくなってきています。こういうレビューを翻訳するのに飽きてきたので、もう止めますが、結局、結論としては、バズビーとブラムホールの二人は、他の委員を説得することはできませんでした。
従って、二つ、バズビー師匠にお伺いするとすれば、
- 内部被曝が300倍危険だという主張は、ストロンチウム90には当てはまるが、娘核種がγ崩壊するセシウム137やヨウ素131には当てはまらないのではないか?
- CERRIEにおいて、仲間のブラムホール以外の誰も、SETに同意しなかったのに、なぜ日本人は同意してくれると考えるのか?
ということになります。
英語で書けば、
- Your enhanced coefficients for the internalized radionuclides are supposed to be based on Second Event Theory. In that case, it could be applicable to 90Sr/90Y, but should not be applicable to 137Cs or !31I, whose daughter radionuclides proceed to γ decay, instead of α or β decay. Do you agree with this?
- Dr. Busby, you were a member of CERRIE in UK from 2001 to 2004. The final report of CERRIE indicates that you could not convince any of the members of the Committee with your Second Event Theory, except your fellow activist Richard Bramhall of LLRC. What is your reason to believe that you can convince the Japanese audience today?
*1:3.8 Second Event Theory
*2:The second event theory (SET), as proposed by Dr Busby, is that two radiation hits (by electrons or alpha particles) in a cell within a particular time window greatly enhance mutagenic effectiveness and, by implication, cancer risk (Busby 1995; Busby et al, 1998; Busby and Scott Cato, 2000). The hypothesis suggests that the cancer risk from specific sequentially decaying radionuclides (such as 90Sr and its daughter 90Y), and from particulate forms of plutonium, has been greatly underestimated.
*3:According to Dr Busby, the biological basis of the theory is that the first radiation hit (for example, from the initial beta decay of 90Sr) activates a resting cell in the G0 phase of the cell cycle and causes it to move into what Dr Busby terms a ‘repair-replication cycle’. A second hit (for example, from the subsequent beta decay of the daughter 90Y) on this cell some hours later when it is in G2 phase (postulated to be >100 times more radiosensitive) provides for the great enhancement in radiation effects demanded by the theory. Other propositions of the SET, including the Committee’s detailed investigations on the SET, are considered in Annex 3A below.
*4:Dr Busby said that standard biological texts supported the view that cells were activated by a first hit of radiation to progress through the cell cycle, and thereby become very radiosensitive to the second hit of radiation. The Committee requested the references to these texts: one (Hall, 2000, page 300) was provided to the Committee. Several members stated that this assertion conflicted with most research literature on the topic for low doses of radiation.
*5:The Committee then examined a number of reports which stated that available studies provided little evidence for the proposition that low dose irradiation of quiescent (G0/G1) cells triggered progression through the cell cycle (Duncan and Lawrence, 1991; Gadbois et al, 1996; Linke et al, 1997; Savell et al, 2001). On the contrary, much evidence showed that cell cycle checkpoints inhibited cells from progressing through the cell cycle while they repaired DNA damage. Accordingly, the Committee members, apart from two, considered that the available information and data on cell cycling did not support the view that, generally, cell progression was stimulated by low doses of radiation. Instead, checkpoints were likely to be activated and, at higher doses, cell apoptosis (cell suicide) and other modes of cell death were the likely result.
*6:Similarly, the available studies provided no indication that the G2/M phase was consistently characterised by extreme radiosensitivity (Al-Achkar et al, 1988; Aghamohammadi and Savage, 1992; Pazzaglia et al, 1996). Accordingly the same majority of Committee members also considered that mutational radiosensitivity in the G2 phase of the cell cycle is usually enhanced by less than a factor of ten (eg Al-Achkar et al, 1988; Redpath and Sun, 1990; Chuang and Liber, 1996; Evans et al, 1996).
*7:The Committee commissioned a literature review by an independent consultant to establish whether experimental support (or otherwise) existed for second event enhancement for cancer-related endpoints, especially from animal experiments in the past that may have inadvertently fulfilled second event criteria. The author of the review concluded that the overwhelming majority of the evidence indicated no such enhancement. Where unexpected effects were seen in a few experiments in the mid- 1960s it was debatable whether they may have arisen from second event processes, as their study parameters were insufficiently defined. See Annex 3A for a more detailed discussion of the review.
*8:Two members objected to the content of the review and disagreed with its conclusions. In support of the SET, they cited data on unexpected effects from studies by Luning et al (1963a, 1963b), Frolen (1970), Nilsson et al (1980) and Pohl-Ruling et al (1979, 1990, 1991). On the other hand, the other members of the Committee were supportive of the conclusions of the commissioned review. They provided additional data that argued against enhanced cancer risks from 90Sr/90Y at low doses: some of these data suggested that there was even a threshold at low doses for some effects. Members pointed out that the more extensive follow-up studies by Frohlen (1970) did not confirm the earlier studies of Luning et al (1963a, 1963b), and that a later publication by Luning et al (1976) cited Frolen (1970) as the apparently definitive reference in these studies.
*9:The view of the Committee, apart from two members, was that the available studies to date offered little or no support to the second event theory as propounded by Dr Busby. Instead, the available evidence substantially contradicted it. The Committee reached this conclusion for the following reasons:
*10:a the lack of biological plausibility for the basic preconditions of the SET; b the paucity of supporting evidence in the proponents’ reviews of the SET; c the weakness of studies cited in support of the SET; and d the absence of supporting evidence found by the independent review commissioned by the Committee see Annex 3A.