この論文では*原発からの距離*しか問題にしていない。

また、この論文で注意しないといけないことは、この論文は、小児白血病と、『原発の煙突からの距離』の相関を調べていることです。(原発からでるかもしれない放射線による)被曝線量など測っていません。低すぎて測れないんです。だから、放射線や、放射能とは何の関連も調べていないし、示してもいません。

そもそも、要旨の結論には、こう書いてあります。

The result was not to be expected under current radiation-epidemiological knowledge. Considering that there is no evidence of relevant accidents and that possible confounders could not be identified, the observed positive distance trend remains unexplained.

この結論は、現在の放射線疫学的知識では予見できないものだった。この結果に関連する事故の証拠がなく、交絡因子になりうるものが同定できなかったので、距離との正の相関があるという知見の説明はつかないままである。

この論文をECRRはどう使ったのか

ここで、振り返ってECRRがどういっていたのかを思い出すと、

  • ドイツでは疑いなく、全原発の近傍で小児白血病が二倍以上に増えた。
  • *論文の著者達*がICRPのリスクモデルが少なくとも1000倍間違っていると言っている。
  • 根拠となる論文は2報。

でした。

一番最初のは、私が上に論じた通り、原発の近傍でホットスポットがあることがあるが、5キロという範囲以外では相関はない。著者達が原発が原因だと本当は言いたいのは分かる。だから、本文中では『原発の側に住むのは危険因子』などと言っています。その主張自体の問題点は私が上に述べた通り。彼等の出しているデータでは、逆に小児白血病原発の近くに住む事の危険因子であるとも言える。正の相関は関連があるというだけで、こちらが原因でこちらが結果とは言えません。因果関係は時間軸がいるので、例えば原発が新設されると周囲の患者が増えた、とか原発廃炉にしたら患者が減ったとか、が必要になってきます。

二番目のもの、この論文の著者が1000という数字を使っているのは、論文のdiscussionのところ一カ所だけです。

Generally, the radiation exposure near a nuclear power plant in routine operation is extremely small compared to exposure to ionising radiation of the general public from other sources (e.g., cosmic, terrestrial or medical irradiation). While annual natural radiation exposure in Germany is about 1.4 milli Sievert and the annual average exposure from medical examinations is about 1.8 milli Sievert per year, radiation exposure near German nuclear power plants is a factor of 1,000–100,000 less. The reported findings were thus not to be expected under radiation biological and epidemiological considerations.

一般的には、通常運転している原発の近傍での放射線被曝は、他の線源(例えば、宇宙線、地球由来のもの、医療からくるもの)の電離放射線と比べてはるかに小さい。ドイツでの年間自然被曝はおよそ1.4mSv/年であり、医療検査での年間被曝はおよそ1.8mSv/年のところ、ドイツ原発近傍での放射線被曝は、1000倍から10万倍小さい。従って、今回報告している知見は、放射線生物学上、放射線疫学上、期待されるものではない。

論文では、自然放射線などよりも原発由来の被曝は1000倍以上小さいとしか言っていない。もともと被爆線量など特定していないからICRPモデルを使って計算していない。だから、論文要旨のように、『説明がつけられませんでした』と白状することになります。それをECRRは、原発からの被曝が原因だと決めつけた上で、『ICRPのリスクモデルは少なくとも1000倍おかしい』と勝手に著者が言ったことにしています。こういうのを恣意的な引用と呼びます。だから、私は遠慮なく言いますよ。
ECRRは嘘つきです
こういうことは、科学の分野の人では相当頭がおかしい人しかしません。
3つ目の点。この引用されている論文は、二報ありますが、両方ともデータセットがかぶっているので、言っている結論は同じになります。つまり、原発のそばに小児白血病ホットスポットがある、それだけです。詳しくは、別の機会に書きます。

小児白血病の地理的分布には構造があるのではないか?

脇道ですが、この小児白血病の分布では、ある程度以下に領域を区切ると、もともとホットスポットがでるような分布なのじゃないのだろうか。GCCRはほとんどの小児白血病の地図上の場所(経度緯度)を知っているはずだから、調べれば分かる筈。この論文のデータをみると、半径10キロで変わらなくなるから、それより細かい領域になる。これは、ランダムがどのようにランダムか、という話で、広い領域をとると平均とか分散とかが一定ということが言えるが、狭い領域をとると当然平均から外れたところが出てくる。

なぜ、こんな事を考えるのかというと、また別に書くつもりではありますが、実は、

  • 原発近郊での白血病ホットスポットは時々出てくる話。
  • しかし、全原発ではおこっていない。少数の原発のみ。
  • しかも、他の癌ではおこっていない。
  • しかも、他の先天性疾患ではおこっていない。
  • しかも、放射能放射線量は低すぎて話にならない。

もともと、小児白血病はこういう小さいクラスターをつくる分布をするのじゃないのか、という(私の)疑問があるからです。これは面白い話だとおもいませんか。

この論文では原発近郊のホットスポットから出発しているので、こういう話になっていますが、もし、他のホットスポットがあるなら、そこでも同じオッヅ比がとれ、その*場所*が危険因子などという結論になります。もうちょっと正直に言うと、それは、場所が危険因子なのではなくて、小児白血病の分布(病因に応じた、例えばウイルス感染とか?)が微細構造を持っているということになります。

全小児白血病患者をgeocodeした(住所を特定した)というこの論文の人たちなら、他のホットスポットを見つけることは簡単だと思います。原発以外にそういうホットスポットがなければ私の妄想は間違い、他にもたくさんあれば正しい。ということになります。私のいうホットスポットとは、半径5キロの円を描いた時に、そのなかの白血病患者のオッヅレシオが2相当(この原発近郊でみつかっているものと同程度)のもののことです。

原発近郊での小児白血病が増えているという話を検証してみる。

もともと、イギリスのセラフィールド原発の周りに小児白血病が増えているのではないかというテレビ番組があり、一方ドイツではドイツのクルーメル原発の周りで小児白血病の集団発生が見つかったという話がありました。それで、ECRRはなんと言っているかというと、

ECRR 2010 p130

Recently, a study of childhood cancer and leukemia by distance from all the nuclear sites in Germany from 1984 to 2004 unequivocally demonstrated the effect; in children aged 0-4 the risk was more than doubled. The authors of the study argue that the ICRP risk model has to be in error by at least 1000-fold to explain this finding (Kaatsch et al 2007, Spix et al 2008).

最近、1984年から2004年の間の、小児がんと小児白血病とドイツの全原発からの距離の研究で、疑いの余地なく、0−4歳時のリスクが二倍以上に増えたことが示された。研究論文の著者達はこの発見を説明するためには、ICRPのリスクモデルは少なくとも1000倍間違っていると論じている(カーチ 2007、スピックス 2008)。

論文の内容を見てみる。

ここで引用されている最初の論文は、Kaatsch et. al. Int J Cancer 122:721, 2008のことです。

この研究で調べたのは、ドイツの原発近辺での小児白血病の増加が意味のあるのことなのか、ということです。ドイツでは、ドイツ小児がん登録 = German Child Cancer Registry (GCCR)が、癌の記録の95%位を押さえているので、ほとんどの小児白血病の患者がどこに住んでいるのかが分かります。そこで、小児白血病の患者一人に対して、見合った対照の子供を3人決めます。

Kaatsch, 2008

For all cases, controls from the records of the appropriate registrar’s office were selected. The controls were matched for date of birth (as closely as possible), age, sex and nuclear power plant area (at the date of diagnosis). First, communities out of the respective area were selected randomly by weighting communities according to their population (considering sex, age, year of diagnosis). Communities were then asked to provide addresses and names of children fitting the matching criteria. From these lists, the control with date of birth closest to that of the case was selected.

全ての小児白血病の患者に対して、適切な登記所の記録から対照を選んだ。対照は、誕生日(出来る限り)、年齢、性別、(小児白血病患者の診断時の)原発の地域に合わせた。最初に、コミュニティの人口構成を考慮して(性別、年齢、診断時の年を考えて)、それぞれの地域のコミュニティをランダムに選んだ。そして、条件に合う子供の名前と住所をそのコミュニティに照会した。これらのリストから、小児白血病患者の生年月日に最も近い対照となる子供を選んだ。


これで、年齢性別を合わせた対照をそろえました。Table IIをみると、年齢性別の構成がほとんど同じであるのが分かります。面倒な作業をよく頑張りました。ちなみに、この表では、対照の所にも白血病の欄がありますが、これは、小児白血病の患者に対応する、対照の患者ではない人たちという意味でしょう。

こうして、選んだ対照の集団と、小児白血病の集団を比較して、*原発の近くにどちらが多く住んでいるのか*を調べたわけです。*1再帰曲線を仮定して、オッヅ比(Odds Ratio)を計算しました。距離で輪切りにしてのオッヅ比の計算もしています。*2距離に反比例する再帰曲線を書くと、正の相関があるし、距離で輪切りにして調べても、原発からの距離5キロ以下のところのオッヅ比は2.27になると言っています(Table IV)。

これがECRR2010でも言っていた、小児白血病が2倍になる、という話です。ただ、方法がすべて正しいと認めても、この調べ方では*2倍の小児白血病の患者が、原発近郊に住んでいる*という方が正しい。

*1:原発のそばにいる人たちで小児白血病の頻度が多くなっているのを調べた訳ではありません。それは別の論文があります。

*2:この場合は、例えば、患者が原発の近くに住んでいる割合をp、対照が原発の近くに住んでいる割合をqとすると、p(1-q)/q(1-p)のこと。pやqが小さくp<<1, q<<1なら、だいたい相対危険度 Relative Risk p/qと同じになる。

オッヅ比を検算する。

距離を輪切りしている方は論文に載っている数字だけで計算できるので、私が検算すると、5キロ以下のところは、2.11になります。論文での値は少しずつ高くなっているのですが、理由は分かりません。

このデータを見ると、小児白血病患者の住んでいる地域の偏りがあるところは、5キロ以下のところだけです。5キロを越えると小児白血病の患者はほぼ同じか、減っているくらいです。従って、この5キロのところの37人の患者集団*1がオッヅ比を押し上げている。

実は、この集団を入れると、他の領域の患者556人がが対照と全く同じでも同じ結論がでます。距離によりだんだんオッヅが小さくなるのではなくて、ホットスポット原発のそばにある。つまり、この論文のデータは37人の患者の集団が原発5キロ以内にあると言っているのと同じ事です。

*1:オッヅ比が2くらいなので、この集団のうち、半分くらいは白血病であっても別に不思議ではない

原発5キロに対する対照の取り方について一言。

そもそも、この対照の取り方では、同じ地域から選んだといっても、問題としているドイツの原発は19基、半径5キロ、5歳以下、この条件にあう人は相当少ないので、本当に対照となりえているのか、という疑問がでます。この論文は住んでいる人の*数*を問題としているので、対照群を選ぶ時に『ランダム』に選んだコミュニティが、原発5キロを全面的に含んでいないと、偏った結果になるには自明です。比べようとしている小児白血病患者の方はもうすでにその原発5キロのところに住んでいるのだから。まあ、ここは著者が公平に『ランダム』に対照を選んだと信じる事にしましょう。

それであっても当然おこる疑問。

  • その37人の集団がたまたま特異なのではないか?そもそも『ドイツの原発一般』でおこっているのか?特定の原発でおこっていることなのか?
  • 原発からの距離』は物質的には何が原因であるのか?著者がにおわせているような放射線被曝なのか?遺伝要因や、感染なのか?それとも社会的、文化的、歴史的な何かなのか?
  • 原発からの距離』が何かの原因を代表しているとしても、このドイツの分布状況は、世界の他の場所で適用できるのか?

最初の点に関して言えば、『たまたま』とはどういう意味か、ということに直結します。それに対して論文の筆者は、19基の原発のうち、一つずつ外して計算しても、結果は変わらなかった、と述べています。ただ、実は、Kruemmel原発の他にKahl原発の近くにもホットスポットがあることを私は知っています。だから、二つ外すと結果が変わるのじゃないか。原発との相関を調べるのであれば、個々の原発との相関を調べる必要があるのではないか。他の17基で変わらなかったら、それはKruemmelやKahl原発の近くの問題であって、ドイツの原発にすら一般化できない。本当は個々にはどうなっているんでしょうね。それは書いていません。